今日の雑学
■5 江戸中期の町医者が説いた驚くべき理想社会の思想…生産しない支配階級を悪と断じた安藤昌益 「天地は一体にして上無く、下無く、(略)男女にして一人、上 ▼ 無く下無く、すべて互性にして二別なし」「人は天下でただ一人なり」 この言葉を意訳すれば、「世界は一体で、身分の上下、男女の差別はない。自分はこの世でただ一人、非常に貴いものである」 となろうか。これは、江戸中期に活躍した八戸(青森県)の町医者・安藤昌益が書き残した書『自然真営道』にある文章である。 昌益は歴史上、まったく無名であったが、1899年に秋田県大館市出身の文学博士・狩野亨吉氏が古書の山から稿本『自然真営道』という101巻93冊にも及ぶ著作を発見し、その存在が明らかとなった。昌益は1703年生まれ、大館の出身であり、晩年は八戸から大館に戻っていた。「この世は初め、平等で差別のない社会だった。人間は直接生産活動に携わり、衣食は足りていた。ところが、聖人(孔子、孟子、釈迦など)という悪党が現れた。彼らは労働することを嫌い、他人の収穫物を税として搾り取る『教え』とか『政法』を考えついた。また、金銀の使用も始めた。そのため、貴賎の別、貧富の差が生まれた。人々は、地位や金を目当てに戦争を起こし、盗みをする。だから、世の中は乱れてしまったのだ」 このように、聖人を悪人視する考え方は非常にユニークで、類例を見ない。 さらに昌益は、「君主は、庶民の生産物を貪る悪人。君主が武士を養うのは、人々が反抗したとき成敗するためだ。まことにけしからぬ。ただちに庶民から税を取ることを止め、直接生産活動に従事すべきだ」と言い放つ。 つまり昌益は、統治思想たる儒教を否定し、支配階級たる武士の存在も否定したのだ。それは、幕府の否定をも意味することにつながる、為政者にとっては極めて危険な思想である。 昌益の目指した社会は、身分の別がなく、万人が等しく直耕(労働)する自然世だった。封建思想にどっぷり浸かった時代に、こうした考え方を持った人物が存在したのは、まさに奇跡と言えよう。 発見された稿本『自然真営道』は自筆で、余りにも時代離れした思想だったゆえに出版もされず、その存在を隠されてきたものと思われる。 1923年に東京大学附属図書館の所蔵となったが、残念ながら、同年の関東大震災でその大半が焼失、たまたま貸出されていて難をまぬがれた12巻12冊だけが現存している。
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